不思議なび

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この世とは何か?を説いた江戸時代の高僧、白隠禅師

日本の仏教は浄土宗や真言宗など、実に13宗派も存在し、宗派により少しずつ教えやお経も異なっている。禅の道を志してもこれだけ多くの宗派があればお坊さんであったとしても時にその教えに悩むもの。
そんな苦しみを抱え、自分なりの解釈を極め、この世とは何なのかを突き詰めたお坊さんが江戸時代中期にした。そのお坊さんの名は白隠慧鶴(はくいん えかく)。
今回の英雄伝は臨済宗の祖と称される僧侶、白隠禅師の物語である。

 

 

真実を求めたお坊さん、白隠禅師の生涯

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白隠禅師は1686年に生まれ、15才で禅の道を志し出家。
厳しい修行をこなしつつ、学問にも精を出し貪欲に禅の知識を吸収し、様々な宗派の文献を読み漁り勉強に明け暮れるが何が真実なのかが分からなくなり禅に失望する。
そんな失意の中、持っていた経典の束を乱暴に投げつけると、自分の目の前に法華経の経典が見開きばさっと落ちてきたという。その後、再び仏教を極める事を決意する。
しかし、間違った坐禅を繰り返す事で発症うるという「禅病」に倒れる。

禅病とは、現代の自律神経失調症のようなもので、原因不明の頭痛や幻覚幻聴などを伴うものとされている。

禅病に苦しむ白隠禅師は、京都に住む白幽子という仙人を頼り、「軟酥の法(なんそのほう)」という瞑想法を学び禅病を完全克服する。禅病を乗り越えた白隠禅師はその後、民衆に自らの体験で会得した悟りを広め布教活動に専念する。その過程で一般庶民にも分かりやすく禅を教えるために絵を描いて教えを説くという方法を用いた。さらに、自らの教えを分かりやすく教えたお経「白隠禅師坐禅和讃」を完成させる。
お経と聞くと、非常に難しくそう簡単には理解できないというイメージがあるだろうが、白隠禅師坐禅和讃は小難しい理屈は一切抜きにした分かりやすく斬新なお経で、白隠禅師の時代には子供が聞いても理解できたという。

求めれば誰もが理解できる教えを説いた白隠禅師は82才でその生涯を終えた。真実に苦しみ、禅病にも悩まされ、お坊さんとしては順風満帆ではなかったが、最後は自らの悟りを開き分かりやすく禅の教えを説いた功績は大きい。現代に至っても白隠禅師坐禅和讃は多くの迷える人々に光の道を示している。

現代にも通じるリラクゼーション瞑想、軟酥の法

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白隠禅師が教わった軟酥の法はとても簡単な瞑想法。

【軟酥の法のやり方】

1.座禅を組み精神を統一し、自分の頭上に金色に輝く霊薬が出現したとイメージする。


2.金色の霊薬はどろどろに溶けて頭から自分の中に入ってくるようイメージする。その後、頭を通過し両腕へと流れ、同時に脊椎を通り胃、腸、肝臓、腎臓、膵臓、心臓と言った主要臓器へと送られる。


3.霊薬はさらに下半身に達し、そのまま両足を通って足の裏から出て行く。


4.その後、また頭上に金色の霊薬が出現し頭の中に入るイメージをする。

 

これを繰り返すことにより、筋肉の緊張はすっかり解けてリラックスし、霊薬と言うイメージによる自己暗示も加わり健康な体となると白隠禅師は説いている。
単純明快な座禅だが、その効果はとても大きく現在でも仏教系の神秘団体では積極的に取り入れられており、初心者でも出来る瞑想法としても有名。

白隠禅師坐禅和讃

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白隠禅師の教えを詰めたお経、白隠禅師坐禅和讃とはどのようなものか?
大して長いお経ではないが、今回は重要な部分を3行取り出して紹介します。

 

衆生本来仏なり

この世のものすべてが仏であり、我々人間も本来は仏である。

 

直に自性を証すれば
本当の自分とは何かを知ることが出来れば。

 

この身即ち仏なり
我々は仏なのである。

 

白隠禅師坐禅和讃の教えは、自我の作り出す幻想に踊らされず本来の自分とは何なのかを突き詰める事で道は開け、大いなる流れとなるという、現代スピリチュアルの最新理論と何ら変わりはない。白隠禅師の教えは今後も迷える人への道しるべとなり多くの人を救うだろう。

 

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