不思議なび

世界の果てまでエア冒険。都市伝説から世界の絶景まで、不思議大好き不思議ちゃん管理人による謎解き冒険ブログ

世紀末の魔術師 名探偵コナンに登場した伝説の怪僧ラスプーチン

伝説の魔術師ラスプーチン

名探偵コナン「世紀末の魔術師」に登場したロマノフ王朝時代に活躍した魔術師グリゴリー・ラスプーチン。魔術師としてはメイザースやクロウリーのように魔術団体を作り大きな活躍はしていないけど、コナンの影響か、その名前だけは広く知られています。
魔術書「喚起魔術の実践」の著者、フランツ・バードンと並び謎に包まれているラスプーチンについて調べてみました。

出生

1869年1月9日にシベリアの小さな村で生まれたラスプーチンはごく普通の農民の息子として村で育ち、20歳で結婚し娘を授かる。しかし、1892年になると突然巡礼の旅に出ると言い残し村を去る。
旅の道中でどのような修業をしたかは分からないが、超能力ともいえるヒーリングを会得する。

 

世紀末の魔術師

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(グレゴリー・ラスプーチン)

修業後、ラスプーチンはサンクトペテルブルクへと移り病人へヒーリング治療を施すようになり、人々からは「神の手」と呼ばれるようになる。
ラスプーチンのヒーリングは評判を呼ぶようになり、ロシア帝国の皇帝ニコライ2世の耳にも届くようになった。ニコライ二世は、血友病を患っていた第一王子アレクセイ・ニコラエヴィチ皇太子の治療を依頼する。
するとラスプーチンは不治の病である血友病の治療に成功する。祈りをささげただけで血友病が完治したというから驚きである。
この事がきっかけで皇帝夫妻から信頼を勝ち取り宮殿への出入りを許可される。この時ニコライ二世はラスプーチンを「我らの友」と称賛した。

怪僧ラスプーチン

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(ロシア帝国ロマノフ王朝皇帝 ニコライ二世)

宮廷への出入りが認められると、ラスプーチンは貴族などの貴婦人から絶大な人気を獲得した。詳しい理由は不明であるが、アレイスター・クロウリーが得意とした性魔術を会得していたと考えられている。
これがきっかけで男性陣からはみだらな男という悪評が立ちとうとう暗殺計画まで持ちあがった。これは、ただ単純にみだらな男と言うだけではなくラスプーチンの天才的な能力を恐れた皇帝の側近が、失脚を恐れて計画したという見方が強い。

ラスプーチンの死

1916年12月17日、ついに暗殺計画は実行される。
皇帝の姻戚であるフェリックス・ユスポフは自身の宮殿の新築祝いパーティーへラスプーチンを誘い出し青酸カリ入りの食事を出した。
しかし、毒を食べてもラスプーチンはまったく平気であり、まるで体の変化を見せず何事もなかったかのようにパーティーを楽しんでいた。しびれを切らしたユスポフはラスプーチンを銃撃、心臓と肺に命中したがまだ生きていた。追加で4発の銃撃を撃ち込むがそれでも命を奪う事は出来なかった。さらに銃撃を重ね、滅多打ちにしてネヴァ川に遺体を投げ込んだ。
12月19日、ラスプーチンの遺体が発見される。検視の結果、溺死と言う判断が下された。銃撃の連打にも耐えており、驚くことに川に投げ込まれるまで生きていたという・・・。

その後の評価

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名探偵コナンの劇中で毛利小五郎が語ったように、皇帝に取り入り権力を乗っ取ろうとした悪人なのか、優れた超能力者なのか、今となってはうかがい知ることはできません。
ロシアでは悪人とされているが、世界的に見ると悪役として人気があり、名探偵コナン以外でもラスプーチンの登場する映画が何本も作られ、小説の題材にも良く使われます。
47歳という若さでこの世を去ったラスプーチンは伝説として今も生きているのです・・・。

 

編集後記

不思議なびも早いもので2ヶ月目を迎えることが出来ました。今までは不思議な場所やテクノロジー、自然や廃墟、オカルトが多かったけど、新企画という事で世界の不思議にかかわる人物の紹介記事カテゴリを作ります。魔術師以外にもたくさんの人物を紹介できればと思っています。